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2008年3月

3月31日に

 久しぶりではないかと思うのですが、午前中はとにかくひたすら寝て過ごしました。どうにもからだが起こせず、頭は朦朧としているし、とにかく寝ていようと思ったら、たちまち昼になってしまいました。

 さて雨も上がったことだし、今月中にやらなくちゃいけないことだからと、午後になって原チャリを購入したスギヤマ成田店までぶらぶらと出かけてきました。途中で10円団子小饅寿を買って。点検で空気圧調整などをしてもらったら、はっきりと体感できるほど乗り心地が良くなっていました。やはり点検は大切なんだなぁと思いました。ちなみにスギヤマ成田店は購入後ずっと半年ごとに定期点検を無料でしてくれるのがとてもありがたいです。

 Ca3901580001 雲の切れ間に富士山が鮮やかに見えました。雪をだいぶかぶって輝いていました。秦野界隈に住んでいると富士山が見えること自体が「日常」なので忘れがちですが、これはものすごく恵まれたことなんですよね。富士山はやはりいい山だなと思います。

 明日からは4月なんですよね。世間のいろいろなところで新しいスタートが始まるのでしょう。

 ぼくはしっかりと乗り遅れてその4月を迎えます。

 いろんなことがこころに浮かび、千々に乱し、やるせなさを残していきます。「こんなことなら……」と誰とはなしに恨んでみるのもいいかと思っても、たちまちそれが刃となって自分に向かい、「そら、そんなにだめになっている」と、小さく嘲ってたまらない笑いを浮かべて去っていきます。こころは一つのことばでは表せない感情を混沌と混ぜ合わせ、こころそのものであることに耐えかねているほど苦しんでいます。

 それでも、そこから、そんなところから、新しい一歩となる、決意となるものを産み出して、その弱い胎動を大切に大切に育んで、未来への足がかりにしようともがいています。

 ぼくはそんなふうに、4月にしっかり乗り遅れて突入します。

 足下おぼつかず、よろけて、転んでは、しばらく休んで立ち上がるような、たとたどしい歩みをそれでも、こころとあたまとからだに始めさせています。

「お前たちのことは、ぼくがいちばん知っている」

 自身のぜんぶにそう言い聞かせ、とにかく歩いてみようと声をかけ続けて。待つもののある場所に帰るためではなく。すでに前を行くものに追いすがるためでもなく。

 この歩みでしかたどり着けない場所があるよ。

 あてのない約束であるのに、自身のぜんぶにそう言い聞かせて。けなげにも自身のぜんぶも、そのすべてをわかっているのに、歩みを始めてくれています。

 ……お前たちのことは、ぜんぶ、ぼくが知っている。

 そう、今日バイクの点検だけがやったことのぜんぶだったようななさけない一日も、けなげに、実にけなげに、一歩を刻んでいたことを。バイクの往復のあいだの、風にすぐに後に飛び去る小さなつぶやきの一つひとつがどれだけせつなかったか。

 あたま、からだ、こころ。みんなよくがんばっている。

 明日は潔くみんなで乗り遅れよう。乗り遅れつつ、小さくてもまた一歩歩こう。

 ぼくはそれをちゃんと知っている。

 

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FireFoxがGmailに対応しなくなった

 FireFox2をブラウザに使っているのですが、昨日あたりからGmailをちゃんと表示できなくなったのはなぜでしょう。同じようにau oneメールもGmailのシステムを使っているのでだめです。簡易HTML表示にすると見られるのですが。
 試しにIE6で使ってみると表示できるので、たぶんFireFox側の問題ですよね。最近更新があったからそこで何かあったんでしょうか。
 同じような症状の人いないかなぁ?

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3月30日です

 7月に勤めに予定通り戻れると、長年勤めた場所であるにもかかわらず、新社屋に移転しての生活を皆は3ヶ月経験し、すっかりなじんできたというところに、右も左も、自分の机の場所も何もかわらずに戻るのです。それを考えると何となく愉快です。ベテランがこの4月に入社しているはずの新入社員などより何もわからないのですから。

 そこで相も変わらぬマイペースを通せるパワーを得ていることが、復帰できるということなのですが。

 昔ファミコンの時代、ドラゴンクエストⅡをやっていて、ある程度進んだところで、写したパスワードが間違っていて、すっかり最初からやり直しになったことがありました。(当時のカセットにはメモリー機能がなくパスワードを紙に写し、それを次にやるときに入力したのです。ものすごく長いパスワードを)なんか入力して、「パスワードがまちがっています」と画面に出ると、最初事態が飲みこめず、続いて起きた現実の重大さを理解し、そして、それまで費やした努力と時間が無に帰したことを知り、完璧にめいったという経験は、あの時代のゲームをやった人なら、「うん、そうだった」とうなずいてくれるでしょう。ぼくの現在はあのことに似ているなぁと、昨今思ったりしています。

 しかも、じゃあ、一からやり直すかと思ったら、本体が壊れて、「もうそのゲーム、できないよ」って来たような感じ……。

 うっ、ここまで書いていてあまりに的確な喩えに感心してしまったなぁ。

 

 今日は朝我が家で一番早起きをして、フィオナの散歩。洗濯物を干し、風呂場を洗い、起きてきた娘に朝食を食べさせました。日中は家族三人で、ジャスコのお客様感謝デーの買い物に乗り込み、ユータカラヤ&クリエイトで日用品を買い込むためがんばりました。娘の勉強もしっかりと見てあげました。

 そして、夕方。言うまでもなく、へばっています。

 2時間ほど休憩をしたいと思っています。

 

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ポケモンぼくじょう他のゲーム

 我が家では最近ゲームがいくつか増えています。その紹介など。

 

1)Wii関係

 Wiiは昨今全然使っていない感じでしたが(マリオパーティがお気に入りでしたが、DS版を買ってからどこでもDSどうしでできるのでそちらが中心になり、Wiiのソフトを使うことが減っていました)、ダウンロード販売のみというソフトの「ポケモンぼくじょう」なるソフトを買いました。(1000円也)

 これは、ほのぼの系ソフトです。Miiでつくったキャラクターを育て親として牧場に送り、DS(ポケットモンスター ダイヤモンドorパール)のポケモンを3Dの立体キャラとして預けられます。日数を追って、育てられるポケモンの数が増え、最大は1000匹。ちなみに初日は20匹が預けられました。

 ポケモンたちと遊んだり、散歩をしたり、ほんわかなごむソフトです。20匹のポケモンが一列に縦に並んでトーテムポールをつくったのはちょっとびっくりしました。まだ始めたばかりですが、今後どうなっていくのか、娘は楽しみのようです。DSから預けたいポケモンの入れ替えも無線で簡単にできるので、それも気に入ったようです。

 

2)DS関係

 これはぼくがひたすらDSブラウザを使っています。flashに未対応なのは、まぁぼくのニーズでは大丈夫なのですが、キャッシュがまったく貯められず、いちいちユーザーIDなどを打ち込んでwebメールのチェックをするのが、ほんのちょっとだけ面倒でしょうか。でも、十分です。家の中でちょっとwebを見たいとき、そして、外ではマックの無線LANでインターネットを手軽に使えるのが便利です。

 

3)PS2関係

 先日中古でPS2本体を落札しました。実は、ウルトラマンファイティングエボリューション3をやるかと思ったのです。ソフトもハードももう古め。しかし、ウルトラマンキャラが自由に選べ、怪獣やらウルトラマンどうしの対戦やらができるのはなかなか楽しいです。バンプレスト製品ですから、それぞれのウルトラマンの使う技もよくできています。おそらく本格的な格闘ゲーム好きの方には動きがもっさりしているのでしょうが、ウルトラマン好きには、十分自分がウルトラマンになって闘っている感覚が味わえます。

 夢中になったのは娘の方で、かなり熱中して怪獣退治に励んでおりますが……。

 PS2は書斎の14インチのテレビデオにつなぎ、DVDプレーヤとしても使っています。

 

 と、まぁこんな感じ。任天堂戦略着々と我が家を侵食中といった感じでしょうか。4月に出るマリオカートはハンドル付きですね。あれ、欲しがるんじゃないかと戦々恐々です。

 

 

 

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3月29日に

 拓郎さんが長い沈黙を破って「Long Time No See」というアルバムを出したとき、「ほうっておいてくれてありがとう」とコメントを付けました。そして、ロスのあこがれのミュージシャンを集めてバンドを編成。バハマでレコーディングをし、中島みゆきからの初めての曲の提供を受けるなど、新しい活動を始めました。

 このときのアルバムとツアーをぼくは好きでした。

 ちょうどKinKi Kidsと「LOVE LOVE あいしてる」を始める直前の動きとなっていたと思います。

 それに際して拓郎さんは、「古くからの友人をすべて断ち切って、ここからの自分が楽しく生きるのに必要な人間を呼んだ」と言っていました。その心境がなんとなくわかる気がします。

 ぼくも今、その状態に近いところにいます。別に「ポーズをまねた」わけではなく、気がつくと同じようなことになっていたと申しましょうか。ただぼくの場合、動きがとれないので、「ここからの自分を楽しく生きさせるために必要な人間」への出会いが、まだ遠いという違いがあります。そこに歯がゆさもあります。

 カレンダーを気にすることもなく、ニュースも妙にいがらっぽいものしか流れてこないので、ほとんど気に掛けず、ちょっと用事があって出かけたユータカラヤと同居していたダイクマが改装して「ダイクマ」の文字が消え、完全なヤマダ電機になっていて驚き、西中前にできたすき家はいつオープンするんだろうとぼんやり思ったりするぐらいが、生活の中で感じる変化。(プロ野球がいつのまにか始まっていたと知って今朝驚きました)後は庭と散歩道の草花の成長に敏感になっているぐらいでしょうか。インターネットもパソコンも日を追って使う時間が減っていて、いったい自分は何をして一日の時間を費やしているのか、我がことながら不思議な生活となっています。

 妻はパッチワークをつくるのですが、3ヶ月かかったという大作を完成させました。もうすぐ習っている先生の話では、自分がひとに教えることができる資格のようなものが取れるのだそうです。そんな合間に娘のスカートをわずか半日で縫い上げておりました。すごいなぁとぼくはそれをただただ感心するばかり。ぼくは言えば、ほんの家事の手伝いをこれだけやったし、子どもともこれぐらいつきあったから、まぁ今日はよくやった方だろうと自分を慰める生活。バイクの定期点検で大井松田のはずれまで行かなくちゃいけないのですが、それさえ億劫でできていない始末。退屈と同居するのにすっかり慣れきってしまいました。他人(家族を除く)と肉声を交わすことが極端に減っていますね。犬の散歩で常連さんと「こんにちは」の挨拶を交わしたのが、今日他人と話した全部だったなぁという日が結構あったりします。

 こんな暮らしの新しい胎動など生まれてくるのかどうか。まじめに考えるとかなり憂鬱。

 それでもぼくは「ちょっと会わないか」と誘ったり、「いったいどうしているんだい」なんて声をかけたりというアクションを起こそうとはしていません。今はひたすら新しいものだけを待つときです。過ぎたものを振り返るときではありません。

 唯一の前向きな変化は、書斎で飲むコーヒーも面倒でインスタントに変えていましたが、やはりコーヒーは淹れたものを飲みたいとコーヒーメーカーでちゃんと淹れて飲むようになったこと。おいしいものを飲みたいというのもそうですが、一日に10杯近く飲むぼくには、コーヒーを淹れる香りが狭い書斎に広がっていくのを楽しむ時間が結構大切だと気づいたから。

 春はもうちょっとうきうきとしていたいものですが。 

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小田原わんぱくらんどで遊んで

 昨日は定期通院でした。いいも悪いもなく、継続観察。なかなかすきっと良くなるということはないようです。「だいぶ良くなりましたね」「もう大丈夫です」という声を聞くのはいつのことやら。「焦らずに」「のんびりと」と場面ごとに、いろいろな人に言って頂きますが、それがいちばん難しいことだなぁと思ったりしていました。こちらの状況は全然比較の対象のかけらにもなりませんが、スー・チーさんの軟禁生活に耐える精神力はスゴいもんだなぁと、妙な観点で感心したりしています。

 職場関係のことも何にも知らない日々が長くなったので、まったく社会に「帰属」している実感がないなぁと考えながら、午後から深夜までテンション低く過ごしていました。うだーっとして、おそらく家族から見てうっとしいこと間違いなし状態となっていました。ちょっと数日調子がまずまずの日が続いた反動もあるのでしょうか。けだるくて仕方ない状態でした。いくつか届いた荷物の開封さえ面倒でしていませんでした。

 

 みんな、そんなに自分が嫌になることってないんかなぁ。最近ぼくはずっとです。これだけの不調にあって、いろんなことをあきらめるばかりだけど、何かを恨むような気もちって湧いてこないですね。ただただ自分が嫌になってくる。別に人格が優れているからというわけでもなく、ただそう感じてしまうだけ。

 どうしてぼくは「人並」っていう「普通」の生活ができないんだろうって。

 妙に変に頭とこころばかりを酷使しているよなぁと。

 そして、とどのつまり、せっかく積んでいた積み木を自分でがしゃーんとしているような。病が原因ですから仕方がないのですが、とにかくなんか最近自分が嫌でたまらなくなっていました。

 

 で、今朝起きて、とにかくせっかくの春休み。子どもにはつきあおうじゃないかと。義務感ではなく、自分でもそれが楽しいんだから、今日は終日ちゃんと子どもを正面から見て、ちゃんとつきあってみようと。

 R00111970001 朝食をいっしょにとり、妻が所用で町田に出たのを駅に送った後、久しく行っていなかった小田原の荻窪インターそばのわんぱくらんどに行きました。昨今わんぱくらんどにはあまり行っていなかったのです。ここの売り物はさまざまなすべり台。しかし、我が子はもうちょっとからだを使うのが好きなぐらいに成長したかなぁと思っていたので。R00112030002 まぁ、我が子の大好きな馬などの動物もいるし、ちょっと行ってみるかと乗り込みました。秦野の我が家からは1時間もかかりません。

 R00112430004 R00112230003 けれど、行ってみてびっくり。知らない間に、大きな吊り橋が架けられ、その向こうには小田原城アドベンチャーなる6歳以上ぐらいの子ども向けの遊具が中心の施設ができているではないですか。ニンジャのトレーニングをイメージした施設。とてもよくできていて、楽しみながら、ちょっとしたアスレチックできる遊具がたくさんありました。入園は無料だし、駐車場も無料で大きいし、見晴らしは最高だし言うことなし。お弁当を持ってきてるご家族もたくさんいらっしゃいました。帰りは入口まで園内の汽車で楽しく戻りました。(汽車は有料です。おとなは300円、小学生100円)

 R00112500005 R00112560006 そこでたっぷり遊び、帰宅後はピアノの発表会で連弾をいっしょにやる子の家に送りました。それを1時間後迎え、夕食、入浴をともにして、就寝時には一日のことを楽しく妻に報告。

 こちらもけっこうからだが疲れましたが、やはり気分のいい一日でした。

 幸せはけっこう手近にあるのです。それをありのままいつも受け入れられるこころとあたまとからだを取り戻せば、ぼくは復帰できるのです。その日をやはり、皆の言うように、「のんびりと」「ゆったりと」「焦らず」待つしかないのです。

 

 

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庭の花々と散歩道の花

 家のユキヤナギはこんなにも満開です。今、我が家の春は花たちが新しい季節の訪れを「美しさ」という喜びのかたちで表現しています。
Ca3901570003 そして、犬と出かける散歩道。
Ca3901590005  こんなにも満開の桜がもうあるんです。春ですねぇ。やはり桜は春を独り占めしてしまう美しさがありますね。
Ca3901600006  こんな花々にも出会います。これから足下にも目をやるともっと楽しい美しさに出会いそうです。春はやっぱりいいですね。そう平凡に感じられることが、とてもうれしいことだと、最近深くわかります。


    

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父の命日に

 このところ週末の休みを中央こども公園で過ごしてきた娘は、横の小さなグランドでやる野球が大好きになり、春休みになり毎日のように連れていけと連呼しています。ぼくも「リハビリ」の要素を兼ねて、つきあうのですが、そんなときいつも父のことを思い出します。

 ぼくは昭和40年代を横浜の工場街のはずれの下町で育った人間で、路地裏、空き地を使いまくって遊んだ世代です。父はその頃工場員で三交代の勤務でした。夜勤のときは当然なのですが、昼間熟睡をしたがりました。それでも、野球が好きだったぼくが催促すると、決まって路地裏のキャッチボールにつきあってくれました。決して運動が得意という方ではなかったぼくが、野球だけは「うまい」と言われていたのは、父が連日つきあってくれたあのキャッチボールのおかげでした。よくきつい勤務の合間にあれだけつきあってくれたものだと、今逆の立場になって思います。

 修了式の日、家で娘の帰宅を待って、まず「はい、一年間よくがんばりました」と言ってから通信簿を受け取りました。これも父のまねです。父は学期ごとの通信簿を見る前に必ず「よくがんばったな」と言ってくれました。そして、担任の所見と行動の記録を見るのが常でした。成績(当時は各教科5段階でした)については、とやかく言われたことがありません。小、中とどちらかと言えば優等生だった時代も、高校で超劣等生になったときも同じでした。「公正さ」という欄に○がついていると、深くうなずき喜んでくれたのを覚えています。

 娘は「ボールから目を離さないように」というと、幼い子ではなかなか難しいはずなのに、(軟らかいボールであるとはいえ)取り損なって顔にボールが当たってもへっちゃらです。楽しくてしようがないらしく、もうそろそろと終わりを促しても、もうちょっとと続きをねだります。

 決してお勉強が得意な子ではありませんが、よくまっすぐに育っているなと、親バカ丸出しで喜んでいます。

 3月26日。父の命日。あれから5年が経ちました。葬儀を請け負ってくれた方が、出棺の前に「お庭の花をできるだけ入れてあげましょう」と言って、満開だったユキヤナギをきれいに入れてくれました。父は愛した植物に包まれるように穏やかな表情で眠っていました。

 病院から戻った父が「亡くなっている」ということがわからず、「じじぃ」と言って寝かせた父の頬に飛びついた娘が小学校2年生になります。

 父は今も美しく咲く庭の花々と、やんちゃに育つ孫娘の姿を喜んでくれているでしょう。

 下の和室の部屋は、今も家族三人ともが「おじいちゃんの部屋」と呼んでいます。

 

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DSでヤフオク

 何のゲームをやりたくなったかは内緒ですが、とにかくプレイステーション2でどうしてもやりたいゲームがあったのです。(今ごろになって)で、得意のヤフオクで安く落としました。

 終了間際の競り合いを見届けるのに役立ったのが、DSです。DSブラウザを使って、オークションの状況をベッドで寝ながらチェック。横では娘がDSLiteを使って、「nintendogs」のゲームをやはり寝ころびながらやっておりました。こういう時代なんですね。

 で、無事届いたPS2を書斎のテレビデオの脇にセット。書斎ではDVDを見るとき、パソコンを使っていたのですが、これでPS2でDVDを再生してテレビで見られるようになったのも便利です。

 今、休職中なので職場から自前のノートパソコンを持ち帰っています。それで最大、書斎のデスクトップパソコン、妻のノートパソコン、ぼくのノートパソコン、マルチプリンタ、Wii、DS、DSLiteがLANでつながっているんですからすごい時代ですねぇ。家の中のどこでも好きな姿勢でインターネットできてしまうんですから。

 ちなみに当初DSブラウザはどうやって漢字変換をするんだろうという初歩的な操作を取扱説明書も見ずに使って、戸惑いましたが、わかってみたら、携帯電話と同じで、一文字入力するごとに候補が出てくるからすごく使いやすいことがわかりました。やるなぁ、ATOK。で、これなら、簡単な記事なら外出先のマックからDSでblogにUPするのもいいなぁと思いました。100円のコーヒー飲みながら。

 なんてことをつらつらと書いているうちに、amazonからPS2用のソフトが発送されたというメールが来ました。定価の40%OFF。送料無料。これらの送金もネット銀行。秦野の田舎で、なんら不自由なく暮らせるのはとにかくインターネットのおかげですね。

 

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書斎での思考スタイル

 職場で事務仕事をするとき、皆から離れて、隠れ部屋に籠もってごそごそやっていることが多かったのです。

 理由は書斎で過ごすときのスタイルにあります。

 書斎にいて、書き物やら、まぁ仕事やらをやっていて、行き詰まってきたり、煮詰まってきたりすると、足を机の上に投げ出し、頭を椅子の背もたれに乗せて、遠い目をして天井をぽかーんと見つめる習慣があるのです。こうしていると、ふと「ああ、こうすればいいんだ」っていう、新鮮な発想が出てくることが多く、一見めちゃだらしないこのスタイルこそ、自分には大切なものになっています。

 しかし、職場で机を並べて人が多くいる部屋で、そんなスタイルをとったら、非常識だと思われて当然。そこで、ごそごそと皆のいる部屋を這いだし、隠れ部屋で書斎と同じスタイルで、ぽかーんとしながら、「浮かんでくる」のを待つことにしているのです。

 また、アイディアをとりあえず出しまくり、そこから使えそうなエッセンスを抜き出したり、つなぎ合わせて別のものにしたりする作業は、白い紙をひろげ、一見めちゃくちゃな落書きにしか見えない走り書きを、自分としては意味のある配置で、その紙のさまざまな場所に散らして置いていき、これまた幼児の落書きのような色とりどりの線でつないだり、また新しく上から書いたりします。この作業なども他人の眼には、「どうしちゃったの?」って感じだろうと思います。

 まぁ、あとは何より自分が一生懸命に考えているところほどかっこわるい姿はないと、頑なに信じる部分があって、そういうところを他人に見られたくないという心理が、隠れ部屋にぼくを運びました。

 我が社は明日(26日)から新社屋への引っ越し作業開始らしいです。ぼくが復帰する夏には、使い慣れた現社屋は影も形もないという状態。また新しい隠れ部屋づくりから始めなくてはなりません。

 案外狭い一室が正規に割り当てられていて、そんな心配なく、まったく戦力外の扱いから始まるかもしれませんが。出勤したらその部屋から出なくていいからとか言われたりして。(現実味があるなぁ。それならそれを喜びそうな自分がこわいなぁ~)

 なーんてことを書斎の机に脚を投げ出して考えたりもするわけです。8ヶ月ぶりの復帰。今場所の朝青龍とも重なるなぁ。ぼくもヒールで、だけど、ふてぶてしく勝ってガッツポーズなんてできるかなぁ。なーんてことも考えながら。やはり天井にはいろいろ有意義なものが隠れているのです。(そうでもないか)

 

 どうでもいいことですが、昨日の記事「食材」とすべきところを「贖罪」と変換してUPしてましたね。ふだんどんな文章を書いているかバレそうで、ちょっと慌てましたが、そのままにしてあります。笑って下さい。

 

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残り物の昼食

 独身時代一人暮らしの経験、そして、母が介護の生活に入ってから父と二人で家事の一切をやってきた経験があるぼくは、まぁ、一通りの家事はこなせます。今でも買い物に妻と出ては、贖罪や生活雑貨の相場が大方わかり、これは安い、これは高いと言えるぐらいのこともできます。

 本日の昼食は娘が学校から帰ってきて三人で残り物で済ませようということに。ご飯は二人が食べればちょうどぐらいだったので、ぼくは一つ残っていたインスタントの味噌ラーメンを煮て食べることにしました。そのままでは味気ないので、キャベツの葉を何枚か洗ってから手でちぎって放り込み(いちいち包丁で切ったりはしません)、冷凍庫でコーンを発見してそれも入れました。そして、仕上げにバターをひとかけら。立派な味噌バターコーンラーメンの完成です。

 それを鍋のまま食卓へ。さぁ食べようとしたら、妻子が「それ、おいしそう。少し分けて」。

 少し分けてが「あっ、おいしい」となり、あれよあれよという間にぼくの食べる分が……。

 食後の洗い物も当然ぼくが全部やりました。

 まぁそんなたわいもないことで喜んだり、笑い合っていられることが幸せかなと。

 昨夜からの強い雨も午後には上がりました。

 娘は今日もピアノのレッスンです。

 ぼくも自分の午後を始めましょう。

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我が家の庭で

 庭をリフォームの一環できれいにしてから時間が経ちました。いつの間にか妻子が植えたさまざまな植物が、ぼくには思いがけないところで、色とりどりに花をつけ始め、我が家も春を迎えていることを告げています。父の遺した梅は季節を過ぎましたが、椿が鮮やかに花を開かせ、ユキヤナギはまっ白な風となってそよいでいます。どこかへ出かけなくても自宅の庭で「ああ、春になったんだなぁ」と感じられるのはとても心地よいことです。

 そもそもリフォームの計画を妻とあれこれ相談したとき、庭もちゃんとしようということになったのは、「とにかく雑草がうざい」の一点に尽きていました。少なくてもぼくはそうです。春から秋まで、ちょっと油断するとたちまち庭を荒れ果てさせ、荒んだ家のように見せてしまう雑草を撲滅したかったのです。

 それほどガーデニングなどに興味のなかったぼくは、花壇もなくてもいいぐらいの勢い。まぁ父が大切にしていた木ぐらい残すかといった感じでした。

 それでも、設計・施工をしてくれた秦野市内のライフアートさんが丁寧にいろいろアドバイスをしてくれ、すばらしい図面を引いてくれ、かつ、まぁ格安と思える値段でいい仕事をしてくれ、現在の庭が出来上がりました。

 で、今、リビングからその花壇の花々が見え、非常に開放感のある庭が広がっているとたしかに暮らしやすいなぁという実感が沸いてくるから不思議です。妻も「家にいてとても落ち着く」と言っています。

 先日来客がありましたが、庭がきれいになったのをリビングからご覧になって、「すごくステキ。ものすごく広々とした感じがする」と言って下さったそうです。我が家の庭の前は栗畑で、借景という上等のものではないですが、実際の庭以上に広がりが感じられ、多くの日差しに恵まれるのも幸いしています。

 ウッドデッキも、ライフアートさんの場合すべて手作りなのですが、これが和室とリビングをつなぎ、柵がなく、降り口を階段状にしてくれていて、長いベンチのようにも使え、とても居心地の良い場所となっています。先日はそこであたたかい日差しを全身で受けて、しばらく昼寝をしていました。時々外犬のポンが頬を舐めるのを心地よく感じながら。

 広がりのある場所が気もちにもゆとりを生みます。

 ちょっと前まで、ぼくは狭い閉ざされたところが落ち着くと感じていました。今は広がりを愛せ、春を告げる植物たちを愛しく思えます。

 これだけの変化で、前に歩けていると、自分を信じられます。

 

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3月23日朝に

 昨日、娘が公園で遊び回る間、ベンチでひなたぼっこをしているとき、若いお母さんたちとの会話の中で、子連れでディズニーランドに行くと、「5、6万掛かるもんねぇ」というのが聞こえてきて、そんなに掛かるかぁと思っていました。しかし、帰宅後よくよく考えるとたしかに我が家のように、ほとんど土産物など買わないパターンでもかなりのお金がかかることがわかりました。

 我が家の昨日の休日は、午前中は娘はピアノのレッスン。妻もついていきました。ぼくはフィオナの散歩。そして、ぼくは帰宅した娘の勉強を見てあげて、二人で公園へ。娘がそこで知り合った子たちと一通りの遊びを済ませると、いっしょにぼくと野球。

 帰宅後ポンとフィオナの散歩。妻は庭いじり。いっせいにさまざまな花々が開きだして、楽しそうです。ぼくは夕食前に娘と入浴。娘はイルカのフィギュアを持ち込み、かれこれ1時間近く風呂場ではしゃいでいました。

 そして、三人で夕食です。

 使った現金のない休日でした。

 それでも娘はやるべきことはちゃんとやって、お父さんと一日一緒に遊んだと喜び、妻は庭の植物が手を掛けたとおりに花を開かせるのを楽しみ、ぼくは久しぶりにからだをかなり使ったとまずまずの満足を得ていました。

 イベントでどっかに行くのもあり。でも、お金を使わず、こんな過ごし方をしても幸せは感じられます。そのことに「気づいてきた」ので、ぼくは少し心身の調子が良くなってきているようです。

 三人とも昨日は疲れて早く休みました。妻子はまだ夢の中です。

 ぼくはこれからフィオナの散歩をして、一日を始めようとしています。

 今日もなんでもない、記憶にも残らないようなことで、当たり前のように暮らしの中に幸せがある一日になるようと願いながら。

 3月23日の朝です。

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ひなたぼっこ

ひなたぼっこ
午前中ピアノのレッスンに行き帰宅後勉強も済ませた娘のリクエストでまたも中央こども公園へ。
誰とでも友達になるのが特技の娘は、出会ったばかりのこどもとかれこれ1時間以上遊んでいます。
一緒にやろうと持ってきた野球の道具を抱えて、ぼくはひたすらベンチでひなたぼっこです。
穏やかな春の日です。

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3月20日の嵐の夜に立ったこと

 この4日ほど病がひどいのです。調子のいい時間帯もありますが午後は大抵だめです。昨夜はなかなか良くならない我が身を思って、ちょっとたまらない気分になり、車で風雨をついて、外に出ました。空き地に車を停めて、信頼する友人と長いこと話をしました。すると、小さくですが、でも、たしかに病に負けたくないというこころのパワーのようなものを、久方ぶりに感じました。

 その勢いで車を大倉まで走らせ、バス停のロータリーに止めて、ぼくはだれもいない深夜の戸川公園に一人立ちました。ただでさえひどい風が山の上はさらに強く、厳しい音を立てていました。

 その中を一人真っ暗な中散策し、遠くに揺れて見える街のあかりを見ながら、自分のなかに小さく芽生えたパワーをじっと大切に感じようとしていました。

 だれもいない闇の怖さより、自分を信じられないこころの闇の方がはるかに怖いです。風の音、折れそうなほどのその力にも平然と立って揺れている木々の影。それらの中を縫うように歩きながら、歩くことでじっくり自分を確かめました。

 こういう意味のない、くだらないことが、大切なときもあるのです。

 日付が変わる頃帰宅したぼくは、ちょっとだけ力強いものが芽生えているように自分が信じられるようになっていました。

 

 

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3月20日の昼間です

 秦野は深夜から強い風雨で、今(日中)も台風並みに荒れています。どうしても買い物には行かなくてはいけないので、妻と様子を見ていますが、一向に鎮まりません。

 子どもは朝食後ぼくと通信教育のドリルで、国語と算数の勉強。ぼくの長期休みでいいことと言ったら、娘の勉強を丁寧に見てやれていることでしょうか。

 その後発表会用に妻が用意したドレスを試着しながら、ピアノの練習。休みの日でもよくやっています。

 というところに、娘待望のDXヤッターワンと4種類のビックリメカが届きました。妻がよく楽天市場を使うので、佐川急便の担当の方は「顔なじみ」です。今日はこの大変な天候のなか「本当にご苦労様です。ありがとうございました」と言うと、とてもうれしそうに「いいえ」と返してくれました。自分が配送した大きな段ボール箱を見ただけで玄関に飛び出してきてはしゃいでる娘もうれしそうにながめてくれました。

 娘はヤッターワンにフィギュアのヤッターマン1号2号を乗せたり、ビックリメカをヤッターワンの口から発進させて大喜びしています。

 いっぽうぼくは朝からもう4杯目になるコーヒーを淹れて、ぼんやりと萩尾望都さんの「続11人いる」を久しぶりに読んだり、メガネの手入れをしたりして時間を過ごしています。

 今日は一日こんな天気なのでしょうか。この雨と風では買い物先の駐車場でけっこう濡れそうだなぁ。

 

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最近のぼくの周囲の変化

今日の心境にあったベタな文章のスタイルで。

 

1 ちょっとネットで見たいじゃんって思うとDSを使うようになった

 いちいちパソコン立ち上げるのが面倒なとき、DSブラウザ使っています。家の中無線LANなので便利です。簡単にニュースをチェックしたいとか、天気予報とか、電車の路線検索とかは、DSの表示で十分です。(あまり画像の多い凝ったつくりのページは時間かかりますが)これで、ますますテレビの存在感なくなりました。経済的なことはさておき、我が家では大画面購入計画はまったくありません。

 

2 娘はヤッターマンがmyブーム

 娘120%ヤッターマン大好きモード(アイちゃん流)です。ヤッターマン1、2号のフィギュアに続いて、とうとうヤッターワンまでねだられました。ネットで予約。本日発送の通知が来ました。ビックリメカも4種類全部いっしょに頼みました。明日は大騒ぎでしょう。昔好きだったぼくは今のヤッターマンは今いち……ですが、娘には最高のようです。ヤッターキングもそのうち出るんだろうか。

 

3 マックのなぜ?

 マックでは携帯電話でダウンロードしたクーポンを使います。これが不思議なことに店によって、「注文する品すべての画面を見せろ」「一つでいいので画面を見せろ」「まったく要求されない」というパターンがあります。そして、昨今これが店による違いではなく、カウンターに登場した人による違いだということも理解しました。同じ店でも要求する人と、そうでない人がいるのです。なぜなんでしょう? マック、不思議だ。ちなみにマックのあの大量の包装材のリサイクルはどうなっているのか。マックのHPを見ても何も語られていないが、環境問題に力を入れていると訴えていた。不思議だ、マック。関西ではなぜマクドになる、マック。名古屋はどっちで呼ぶんだ、マック。

 

4 頭痛

 最近急に曇ってきたり、雨が来たりしますよね。かなりの短時間に気圧が変化する関係で、ぼくは頭痛がひどくてまいっています。ただし、バファリンを飲むとおさまります。妻も同様の症状を起こすのですが、妻は普通のバファリンではなく、バファリンPlusでないと効かないそうです。「案外大して違いない薬なのに、名前だけ変えてるんじゃないの」ぐらいでしたが、やはり違うんですね。ごめんね、バファリン。

 

5 キャンディーズを久しぶりに聴いた

 78年4月4日、後楽園球場で解散したキャンディーズは好きでした。そのファンクラブは「全国キャンディーズ連合(全キャン連)」と呼ばれるものでした。(それに入るほどではなかった)で、解散から30年ということで、今年4月4日に全キャン連がJTBホールに集結するそうな。楽しそうな同窓会ですね。(キャンディーズは出ません)そんなニュースが入ってきたので、ちょっと久しぶりにキャンディーズ聴いたら、やっぱりいいわ。ぼくはミキちゃんが好きでした。

 ミキちゃんは3人のなかでいちばん痩せていましたね。あの頃ぼくの好みはこの「痩せすぎ」ぐらいのアイドルばかりで、木之内みどりさん(めちゃ貴重だと思うんですが写真集今でも持っております)とか、岡田奈々さんとかでしたね。共通項でくくれそうじゃないですか。

 ちなみに自分の同窓会にも一切行かないぼくは、当然全キャン連08も行きません。参加される方は思いっきり楽しんで下さい。

 

6 青いロマンスカーは秦野に来ない……

 千代田線に直接乗り入れる新しい青いロマンスカーが登場しました。開業前、妻とこれで便利になるねって喜んでいました。我が家では家族で東京方面に出るときは、車で秦野駅前まで行き、一日1200円の駐車場にとめ、予約したロマンスカーで出かける。帰路はその逆というパターン。かっこよく言えば、パーク&ライドです。もちろん娘がいる家族三人のお出かけのパターンだけで、単身東京に出るときは行きは急行です。(ごめん、帰りはやっぱりロマンスカー。楽なんだもん)

 しかし、青いロマンスカーは本厚木には停まるけど、秦野停まらないんですね。残念です。

 あのスマートなかっこいい白いロマンスカーも秦野には停まらないので、未だに乗ったことはありません。

 時々でいいからさ、秦野も停まろうよ、青と白のロマンスカー。

 

7 イオンPVの烏龍茶大量消費

 TOPVALUブランドの「鉄観音入り烏龍茶」2L148円を3日で2本のペースで飲んでいます。おそらく安心感があって安いのではこれが最安値だと思っています。ずーっとそんなに烏龍茶は好きじゃなかったんですが、この病になってからやたら飲むようになりました。

 そしたら、妻もぼくほどではないですが、飲むということで、我が家で烏龍茶の大量消費ブームが到来しています。(娘は冷たい緑茶ファン。妻もメインは温かい緑茶です)

 しかし、実はぼくは未だに鉄観音の意味がわかりません。鉄でできた観音様が入っていたら嫌です。そういうものは案外世の中にたくさんあります。タウリンって何? ジンクピリチオンと塩化リゾチウムはどっちが風邪に強いの? ビタミンC1000は何の単位で1000?

 でも、わからなくても烏龍茶と言えば鉄観音です。もしかしたらお茶の中で錆びたりしているかもしれないけど、鉄観音は無敵です。そうに決まっています。

 (今ラベルを見たらポリフェノールも入っていました。コイツも最近やたら有名ですが、何なんでしょう。キシリトールとは親類か何かでしょうか。トーテンポールは仲間はずれでしょうか。世の中真剣に聞いていると、案外こういう正体不明だけどいかにも!って感じのもの多いですよね。そもそもイオンもなぜイオンなのかわからないんだけど、異音ではないんだろうなぁ。イオン、ジャスコ、ヤオハン、マックスバリュー、違いは何で決まっているんだろう。ああ、わからない。イオンのお金はWAON。異音の和音。ああ、わからない)

 

 

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京都のことは忘れたっと!

 職場で仕事で面倒を見ていた若者たちが折に触れて、メールなどで連絡をくれます。3年間いっしょにがんばろうと約束していたのに、裏切られた気もちを抱いてもおかしくないのに、あたたかい、やさしい言葉を寄せてくれます。ありがたい言葉がたくさん連なっています。それらを読んで、いつもふがいない我が身の状況に複雑な思いを覚えつつも、うれしく受け取っています。

 ですが、6月末までの休養が決まり、復帰後もおそらく直接関わり合うことのない部署に移されることが4月人事で決まると思われるようになってから、そうしたありがたい言葉に、ぼくはいっさい応答しなくなりました。こんなぼくを「待っている」と言ってくれている若者たちの中には、このblogをよくチェックしてくれている人もいるようですから、いつ自分たちへのメッセージをトンボロは発してくれるだろうと期待している人もいるでしょう。そうした思いを踏みにじって、ぼくはいっさい説明をしないことにしています。

 彼らは5月には京都に行きます。ぼくもいっしょに行くというより、中心となって引き連れていくはずでした。この2年間で用意したいろいろな資料は思いのほか、膨大な量となっていました。先日それらをまとめて処分しました。実に思いっきりよく。後を引き継いでくれる方々に「託す」ものなど何もないようにしたかったので、目に見えるかたちで決着つけておくと、気分が楽かなと思って。わりとものを捨てることには淡泊なんですよねぇ。自分が立てていた計画のデータや、これはどうしてもやりたいと思っていたプランなどもきれいさっぱり、ぽい!ってしてしまったら、奇跡が起きて(起きないんですが)5月に戻ったとしても、もうできることは何もないって状態になりました。ものすごく楽になってしまいました。ひどいもんなのかもしれませんね。

 しかし、彼らにとって、ぼくはすでに通り過ぎた人。置いてけぼりを食わせればいい人。

 だから、ぼくも新しい出会いだけを楽しみにして、元気に復帰できるよう、再会などすっかり忘れていたわぁってぐらいに、自分勝手に未来だけを見る人になっていたいです。再会したら、お互いがお互いを「ああ、こんなヤツいたわ。忘れてた」って感じで。

 こんなことを書くと、せっかく連絡くれていた若者も「去る」でしょうが、それもしかたないでしょう。ぼくはいつでも自分に正直にいたいんですから。ある物差しをあてて、「間違っている」ということでも「それがぼく」なら、しかたないこと。物差しは「計る」もので「こちらが合わせる」ものではないものね。

 夏、ぼくは彼らより年下の新しい若者に「出会う」と思うのです。その若者に「よぅ、おもしろいこといっしょにやろう」って性懲りもなく、笑顔で言えるように元気になりましょう。

 これもマックにて。

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「赤い風船」の思い出

 浅田美代子さんはぼくが初めて好きになったアイドルでした。「赤い風船」のドーナッツ盤はすり切れるほど聴きました。(今でも大切に保存しております)誕生日も同じ2月15日。幼いぼくは「運命」を感じておりました。

 その美代子さんは、ぼくのいちばん大好きな歌手の吉田拓郎さんと結婚されるわけです。ほらっ、運命していますよね。

 その美代子さんと拓郎さんは自身二度めの離婚を階段に座って、気楽な会話のように記者会見をしてそれがすごく格好良かったわけです。

 で、なんでそんな話を始めたかというと、今日はひどくダメな自分だらけの一日だったわけです。病だから仕方ないと言えばそれまでですが、まぁそれでも自分で自分を傷つけ返したりするわけです。そんな気分のとき、適当にメニューを回して、HDDタイプのウォークマンを聴き出したら、「赤い風船」がHITしたわけです。2000曲近い曲が入っているというのに。

 それを聴き出したら、美代子さんの思いっきりエコーでごまかしているなつかしい歌声が、ものすごく新鮮で、かつ、なつかしく、あたたかくこころに響きました。やっぱり運命ですね。

 ちなみにぼくが知っている2月15日生まれは後堀ちえみさん。ここには……運命は感じておりません。スチュワーデス物語ついていけませんでした。とじでのろまなカメは笑いましたが。

 さて、今日のこの記事の内容がすべて理解できてしまった人は、ちょっと世代を意識しましょう。

 ぼくは白いリボンが似合う女性で、あの頃の浅田美代子さんと、ぼくの初恋の喜美子さん以外が思い浮かびませんね。

 拓郎さん、うまいことやりましたね。

 

 

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3月17日夜一人マックにて

 語ってみたいと思うことは多々ありますが、まぁちょっと措いておくかというのが、昨今の心境。だれにも理解を求めなくなっているのが、不思議なくらい。
 別に醒めているわけでもなく、高みに自分を置いているわけでもなく。
 現在の自分は自分だけでわかっていましょうかと思っているだけ。
 もったいぶっているわけでもないのだけれど、今は他人との感情の交流の中で、現在の自分を変化させたくないという感じ。
 選んだことだから。
 自分で選んだことだから。
 次の新しい自分を、新しい人たちの中に明るく置いてやるために、今はこの一人が大切なのです。

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