sayonara

 通院で医師から薬の増量が指示され、まぁ、厄介な状況がまだ続くのだなとわかり、少々疲れました。ほとほと自分の扱いにくさに嫌気がさしたと言いましょうか。

 そんなわけでしばらく沈黙の中に引き籠もります。

 今まで、どんなピンチで泣きを入れても、どこかで自分をあてにしてきたものですが、今回は生涯で初めて、自分が頼りにできません。

 また、いつか気が向いたり、奇跡のように「全快」などしたら、ぽつぽつとここに言葉を連ねるときもあるかもしれませんが、とりあえずサヨナラです。

 こんなblogを読んでいただき、思いがけないあたたかいことばをたくさんもらえたことは、ありがたすぎるできごとでした。ありがとうございました。

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通院に

通院に
今朝は5時30分に目が覚めてしまいました。今日の通院にだいぶナイーブになってるようです。
朝マックで物思いです。

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秦野地デジの速報です

 広報はだの7月15日号によると、平成21年度までに現在の権現山UHF局が地デジ対応するとのこと。詳しいことは総務省へだそうです。市の広報に出したぐらいですから、本当なのでしょう。現在平塚・湘南平局からでは受信できない秦野市内の家々の多くは、これで救われるでしょう。

 我が家は2011年でテレビを廃棄する生活に入る予定ですが。

 とりあえず目についた記事より。

 

 

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7月16日です

 妻は今日午前中習い事のパッチワーク教室へ。毎日こつこつと課題を仕上げていくのはひたすら感心します。ぼくは「炊事」「買い物」「洗濯」「風呂掃除」ぐらいまではOKですが、「全室掃除」あたりからハードルが重くなり、「裁縫」は当然話になりませんので、よくあんな地道な細かい作業が続くなと、我が妻ながら感心することしきりです。

 子どもは給食が今学期分は終了し午前授業になって意気揚々。ただ整理整頓が下手な子で、昨夜も「音読カード」がなくなったということで、妻にずいぶん小言を言われておりました。(深夜妻子が寝てからぼくがそこらじゅうを家捜し。玄関の衣類掛けの隅に埋もれているのを発見してあげました)

 「料理をがんばりたい」と短冊に書いた子どもは、妻に合羽橋商店街で買ってもらった包丁がちゃんと切れるのがうれしくて、夕食の漬け物の野菜を切ってくれたり、妻に教わりながら、卵焼きができるようになって喜んだりしています。子どもが身につけたいいところは、妻に仕込まれたところ、だめなところはぼくをまねたところなのです。

 夫であり父であるぼくは、体調が優れない日々が続き、昼間は海やらを、夜は星空を眺めて気晴らしをして過ごす日々です。本来のぼくは人間の営みが好きで、自然に囲まれて……的なことはあまり得意ではないタイプですが、こうも心身の調子が悪いと、人の中にいるのが面倒で、無性に海などが恋しくて、ただぼんやり眺め、潮騒の音に癒されていることを求めてしまいます。明日の定期通院を、ちょっとビビっております。

 夏が近づいていますね。風にそれを感じます。軽快な気分で新しい季節を迎え入れたいものです。

 妻を駅に送った後、朝マックで「陽水パッション」の「傘がない」「心もよう」「いつのまにか少女は」などを愛機NW-HD5で聴きながら。静かな時間帯の秦野246号店はとても過ごしやすいです。

 

 

 

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陽水は最高でした

 

41gfqdaq8nl_ss500_ amazonから井上陽水の新CD「弾き語りパッション」が届きました。早速聴きました。古い、親しんだ曲が多いのですが、とてもステキで聞き惚れました。

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海で

海で
メガネを外してしばし寝てます。
何も心に思い浮かべたくないのです。

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また

また
また海に来てしまいました。

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宮沢賢治と手

 宮沢賢治が岩手の農学校(現在の農業高校)の教師をした時代、賢治は自分の手を「恥じて」います。農学校に来る生徒と言うのは、百姓(差別用語扱いのことばですが尊敬を込めて敢えて使います)の子どもで、大変な農作業の合間を縫って通っている子が多かったのです。当然手は厳しい農作業でごつごつしています。ところがその子たちに農業を教える賢治の手は、いわゆる坊ちゃん育ちのきれいな手でした。賢治はこんな手をした自分があの子たちに教える資格があるのかと悩みます。

 そんなことも一因となって、自身も百姓となって、真の百姓の学校をつくろう、芸術もそこから生み出そうと考え、教職を離れ、羅須地人協会というものをつくり、結果的に失敗をします。

 教師・宮沢賢治は大変自分に厳しく、生徒に優しく、確実に力をつけさせる先生でした。賢治の生涯は大きな夢を見ては失敗をすることの連続ですが、この教師生活の時代がおそらくいちばん彼の幸せだった時期だと考えられます。

 昨今ぼくも自分の手を見て、情けないことだ、この手でいったいどれだけのことができる、どれだけ人の役に立てると悩みます。

 賢治はどこかで自分が破綻を繰り返していく苦しい人生を歩むことを予想していたこと、健康上の理由などから生涯家庭を持ちませんでした。

 ぼくは何より代え難い家族を得ています。破綻は許されません。

 この恥ずかしい、役立たずの手で、なんとか少しでもこころに適う生き方をしていけるよう、もがくしかありません。

 自戒を込めて。

 

 

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名物 犬の置物その9

 08071403 ご近所の犬の置物。毎回よく考えますなぁ。ひたすら感心。

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7月13日夜その3

 回復とともに、神経が研ぎ澄まされてくるような感じがあって、頭も妙に高速で働く感じになりました。おまけに子どもに振り回されてからだまで使うものですから、健康にいいんだか、非常にバランスを崩しているんだか、わからない生活状態になっています。それで、ここのところ、ネットへのアクセスを控えておりました。

 妙に感覚だけがぎらぎらとしている時間帯が生まれてきて、ちょっと自分を持て余し気味です。表面上の日常生活はだいぶ落ち着いてきているのですが。ひとりでじっと物思いに耽る時間が増えました。浮かんだ走り書きばかり貯まっていって、まだまとまりをつくらないのに、非常にいらいらいしていますが。

 詳しくは避けますが、ロンドン留学時前後の漱石の書簡を読むと、「自己本位」を確率するまで、神経衰弱を患って苦しむ漱石の苦悩が、畏れ多いことですが身近に感じられます。目の前の霧に、一本の錐を刺すことができれば……と悩む漱石の息づかいが、身近に感じられます。

 そんな暮らしの中で。夏を待っています。

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7月13日夜その2

 この土日は暑かったので、先週に続いて、子どもと市営プール三昧でした。この歳で大きな浮き輪で子ども用のプールでぷかぷか浮いているのは、ぼくだけでした。

 興味を持ったらしい見知らぬ女の子に、

「おじさん、何しているの?」

 と尋ねられたので、

「リゾート」

 と答えたら、大笑いされました。

 子どもはプールに行ければ幸せ。おとな200円。子ども50円。駐車料金なし。家から水着着て車で10分。快適なリゾート地です。のんびり浮いている間ずっと、そこらじゅうからはしゃぐ子どもたちの水しぶきが飛び交うのだけが難ですが。

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7月13日夜その1

 妻子が夏に京都に帰省する新幹線の切符を取りました。今回はぼくは犬たちとお留守番です。小田原に停まる新幹線があるので、それをいつも利用しています。

 今回ぼくが見送ったのは、京都までの往復の運転は厳しいだろうなと思ったことと、費用的なこと。そして、何より夏は大事に過ごして、秋の復帰に備えるべきで、ここは秦野でゆったりとしていた方がいいと判断したことが理由です。夏、京都にいないのは、何年ぶりでしょう。

 本来ならば昨冬の12月、そして5月とこの夏と、京都に行くはずでした。そのすべてがおじゃんですから、人間わからないものです。

 しかし、そのこと自体はどうでもよくなっています。理由は今の心境はまったく旅になど出たくないからで、自宅以外で寝たくないからなのです。あれほど自他共に認める旅好き人間が驚くべきことです。

 それでも、子どもが家族での旅行を楽しみにしているので、職場の保養施設を利用しての宿泊旅行は用意しました。箱根。ひと昔前、秦野に住んでいて箱根に泊まるかぁ~って感じだったのに。人間変われば変わるものです。

 と、まぁ最低限の夏の準備はしました。あとは子どもと釣りに行って、プールに行ってという夏にしたいと思います。

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7月も9日ということで

 五年前に72歳で亡くなった父とは、当たり前ですが生き方が違うので、乗り越えるとかを意識したことがありませんでした。

 病を得て、家族を持って、今、父を乗り越えるのは並大抵ではないなと、昨今すごく思います。ああまで、極貧に耐えても生き方だけは通し、+-ゼロをモットーに生き抜かれては、息子としては、今夫となり、父となり、病の中で「妥協」ばかりが頭をよぎるのが、それでは父さえ乗り越えていないではないかとこころを千々乱します。

 若い頃は自分一人ぐらい、「得るもの」を多く求めなければ、好き勝手に生きるぐらい何でもないさとたかをくくっていたのにね。

 それでも「父の息子」であり続けたいせいなのか、そんなの関係なく自分が結局そうなのか、結局のところ自分にしかおそらくわからない「美学」ってヤツを通していくしかなく、なんとも窮屈なことです。最近ぼくはどんなに調子がいいときでも、脅えてばかりです。自分がどれだけのもんなのか、そのことに脅えてばかりです。

 なんだろうね、この文章。

 生涯を一庶民で終えた父がなぜこんなに大きく、こんなになつかしいのだろうと、まぁ、くだらないたわごとが胸をよぎる夜。

 調子がいい! とかほざいておいて数日後にはぼやきばかりの我がblog。読んでくださっている人もつきあいきれないかと。すみません。

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