まさに躁です

 2時半過ぎに“勇気を持って”薬を飲みました。寝つけるだろうか、寝ついた後はどうなるだろうかと不安を抱きながら。
 幸いすぐに寝つけました。そこは良かったのです。
 起床が6時ジャスト。3時間半しか寝ていない……。
 当然薬の残量感が体内に充満。けだるくて、なんとなくぽわーんとしていて話になりません。それでも体が起きてしまう……。
 ちょっと危険水域に入ってきた感じです。今日はより注意しておとなしく過ごす必要がありそうです。決してはしゃがないこと。
 通院はまだちょっと見送りつつ、要監察ということで。
 得意の、やれやれ。

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これは躁です

 子どもを寝かしつけていて、そのままその横で寝てしまいました。そこまではいい。起きてみて、夜中に目覚めたことは気づきました。3時ぐらいかぁ、また起きちゃったなぁと思って時計見たら、2時間余りしか寝ていない0時……。
 たしかに薬を使わず寝たということはあります。しかし、前の日睡眠不足気味だったにも関わらずこれだけの睡眠時間……。
 頭も体もガンガンに目覚めてしまっているので、すぐに薬を使って寝直そうとしても、さすがにちょっと……という状態。やっぱり躁が来ているのかなぁ。夜の夜中にめちゃくちゃ元気なんですが。このまま一日を始めても何の抵抗もないぐらい。
 これが勤務のあるときだったら、大変でした。
 今からしばらく起きていて、ちょっと「鎮まった」ところを見計らって、薬を飲んで、寝直しがきくかを、やってみます。それでも起きてしまったり、うまく寝つけなかったりすると、妙な副作用が残って終日苦しむことになりますが。
 夜中の、この“爽快な”目覚め。
 厄介だなぁ、もう。

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7月10日も普通でした

 早朝の目覚め後、昨今定着していたやけに深い昼寝をすることもなく、いたって順調に今日という日を過ごしました。安心しました。
 今朝は子どもを学校へ送り出した後、犬の散歩を済ませて、妻を市の保健福祉センターへ連れていきました。大腸ガン健診の日だったからです。
 ちなみに今月末に神奈川病院で、妻は市の乳ガン検診を受けます。現内閣で、何やらその費用を助成するということになったそうで、それが秦野市の場合10月になるので、送付する助成券と診断時の領収証を市役所に届ければ、お金を返してくれるんだという説明もありました。
 毎年毎年助成してくれるのならいいんでしょうが、単年度該当年齢だけというのは、ちょっとね。
 ぼくの方も夕方、喘息の関係の医者に通院。薬をもらってきました。大きな発作はないのですが、ちょこちょこと軽い発作が顔を出しています。
 それ以外にしたことと言ったら、子どもを眼科にいつものように連れていって、帰りにヤオハンで、約束のポケモンパンを買ってあげたことぐらいでしょうか。パンについているシールがお楽しみのようです。
 そうだ、農協で忘れていた固定資産税の第2期分を納税しました(大手銀行よりあまり待たないで処理してくれるんですよ、農協)。支払いがあるのを忘れていて、またもや手痛い出費でした。
 寝不足気味のはずなのに、好調を維持しているのは、やや不気味ですが、とにかく穏やかに過ごしましたから、あまり気に病まずにいこうと思います。
  
 今週はずっと「普通」で来ていることが、本人と家族にとってはとっても意義のある週です。変な「好調」は要らず、ただただ「普通」に過ごせれば御の字なのです。躁とうつの間の狭いボーダーからはみ出さないように暮らすよう心掛け続けるのは、なかなかしんどいものがあるのです。何にも気にしなくても、そこそこ暮らせるようになりたいものです。
 大丈夫だと思うのですが、今日も短い睡眠時間で起きるようだと、要警戒。通院が視野に入ってくるようになります。
 職場には早く出られるようになって、みんなの顔が見たいなぁと思う気持ちが、日増しに強まっています。たぶんそれは勤労意欲とはちょっと違って、とにかく「会いたい」だけなのだとは思うのですが。ああ、会いたいなと思う顔がいくつも浮かんできて。何やら自分の現状が悔しくもあるのです。
  
 曜日の感覚を全く失っているぼくが、週末なんだなと思うのは、子どもが学校に行かないこと。明日、明後日は、子どもの相手をして過ごすでしょう。その子どもも来週の週末からは楽しみな夏休みです。
「学習の連続性」が大切ということで、夏休みにもさまざまな学習の機会を入れたり、課題が出たり、あるいは休みそのものを短縮したりというのが、世の動きのようですが、子どもが夏休みを楽しみにしなくなったら、世も末という感じがします。夏休みは夏の長いお休みだから、楽しいのです。
 国語、算数ができるようになるのもいいですが、「○才の夏だからこそできたこと」を持てる子どもの方が、大人になったとき、どれだけ豊かな人間になっていることか。
 最近ふと思うことは、「いろいろな大人の目で子どもを見守りましょう」というのが大事にされてきていますが、それ自体に異論はないのですが、案外そのスローガンをうまく使って、一人の子どもに正面から常にまっすぐに大切に見守って立っていてくれる、ただ一人の大人がいなくなってきているんじゃないかなぁということ。大人も世知辛い世に余裕なく生きて久しくなっていますから。
 一歩外に出ると、いろいろな子どもたちがはしゃぎ回っているなんて光景も、少子化と保安上の理由から、ほとんど消えてしまいましたけどね。
 世の中全体がもう少し伸びやかにならないかなぁと思ってしまいます。
 夏が来るってだけで、楽しみじゃないとね。ぼく自身も含めて。
  
 昨日調子に乗ってYou Tubeから持ってきてMP3に変換した音楽ファイルを早速ウォークマンに入れたのです。で、今日再生してみたら……左から音が出ない! イヤホンを替えてみたがダメ。
 仕方なくいったんバッテリーを外してリセット(データは消えません)。そしたら……うまく立ち直りました。一瞬買い替えかぁ、金ねぇぞ! が爆発しそうになりました。
 “まだ4年しか”使っていないウォークマン。長持ちさせるぞ。
  
 今夜順調な睡眠(変な言い方)をとれれば、明日は久しぶりの通院のない土曜日。
 のんびり過ごしたいと思います。
 はい。

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躁に跳ねるかな?

 朝5時に目覚めた。就寝が0時を回っていたから、早すぎる。体はだるいのに、寝直せない。この症状で気になるのは、ズバリ「躁」。
 今日は一日警戒が必要。
 異例の早起きに緊張している。

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You Tubeの動画を携帯電話で見て、ウォークマンで聴くよ

 ぼくの持っているウォークマンは丸4年経つ、HDD20GのNW-HD5という機種だ。i podが全盛の時に、敢えてソニーに賭けてみた。
 現状不満なく使っている。調子もいい。この機種はバッテリー交換が自分でできるのがいいところ。そのおかげで今でも長時間再生をしてくれる。通勤の往復ぐらいなら一週間楽勝だ。
 さて、You Tubeでたくさんのミュージシャンのビデオクリップが流れていることを知った。(今さら何を言っているんだと言われそうだ)合法的な映像なのかどうかは知らないが、魅力はある。実にたくさんの「こりゃあ、いいライブだ」っていうのが見つかった。
 で、思ったのだ。
「このYou Tubeの映像を携帯できる機器で見たい」
 すぐに頭に浮かんだのは、新しいウォークマン。無線LANに対応していて、即そのままネットからデータを取り込み、再生できる。しかし、値段は4万……。とんでもない世界。
 さぁ、どうする?
   
 方針は決まりました。
1)PC再生用にFLV形式のファイルとWMV形式のファイルをつくり、HDDに保存する。
2)そこからMP3ファイルをつくって、音楽だけをウォークマンで聴けるようにする。
3)映像の再生は携帯電話でしてしまう。
  
 やり始めると簡単でした。用意したソフトはフリーソフトのArea61ビデオダウンローダーと携帯動画変換君の二つ。
 まず見たい動画のURLをコピーして、Area61ビデオダウンローダーに貼りつけます。
 次に出力先の場所を好きなところに決めます。
 出力形式はWMV高画質を選び、FLV保存にチェックを入れます。(ここ大事)
 これで録画ボタンを押すだけ。
 しばらくすると、まずFLVファイルがダウンロードされます。これだけでも十分なのですが、ぼくはWMVファイルも同時にArea61ビデオダウンローダーにつくらせて、汎用性のある動画データも併存させています。
 これで、PCに動画データができました。
 次にArea61ビデオダウンローダーの入力URLはそのままにして、出力形式をMP3を選ぶのです。そして、録画ボタンON。すると、「そのファイルはもうあるけど上書きするか」と尋ねてくるので、「いいえ」にします。と、すぐにMP3ファイルをArea61ビデオダウンローダーがつくってくれます。これはぼくのPCで10秒ほどでできてしまいました。
 (このMP3ファイルで気をつけるのはサンプリング周波数が通常の44.1ではないところです。ソニーのSonic Stageもウォークマンも対応しているので再生できました)
 これをSonic Stageに登録して、ウォークマンに転送。MP3は、PCでもウォークマンでも聴けるようになりました。
 そして、さらにFLVファイルを使って、携帯動画変換君で、自分の携帯電話W53CAにマッチした形式のファイルに出力させて、それをパソコンから携帯電話のmicro SDカードに保存すれば、無事You Tubeのファイルを携帯電話で再生できました。
  
 ウォークマンと携帯電話はいつも持っているし、ヘッドホンは携帯電話用に変換できるジャックをいつも持っているので、一つで大丈夫。ただYou Tubeの動画の音楽を聴きたいときはウォークマンで、動画を見ながらライブシーンを楽しみたいときには携帯電話で。パソコンではどちらでも。
 You TubeのファイルをMP3にしてくれるソフト、サイトはまだまだたくさんあるけど、この方法だと一つで簡単かなと。
 しばらく好きなミュージッククリップ漁りを楽しみにしそうです。

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7月9日も全然普通でしたね

 今日もまったく何もない一日だった。朝夕の犬の散歩。皿洗い。夕方足りなかった牛乳2本を原チャリで買ってきた。昼間プリンタのインクを買った。そんなもんかな。
 体調は落ち着いている。気力は極めてゆっくりとだけど充実してきているかなと思える。精神的にブレることはほとんどなくなった。
 比べるのも畏れ多いが、拓郎さんが今回のコンサートツアーで数公演中止するにあたり得た診断書の表記が、ぼくが現在の休みで取ったのと、すごく似ているなと思った。二人とも大事なイベントをこなしだしたところで倒れたのも。
 たぶん、無念と、自分の体調の虚ろさに思いを馳せるのも同じなんじゃないかと思う。
 肝心なときの自分ってヤツがあてにならない。このもどかしさ。
 先日の結婚式のお呼ばれも、披露宴でのご招待も考えてくださったそうだが、ぼくの現状をよく知る友人と打ち合わせて、何かあっても気楽に欠席できる2次会に招待してくださったとか。実に良くぼくの状態をわかってくれている判断だと感謝した。
 躁うつと喘息。
 この二つの、明日はどういう風になっているかわからない病は、治るというより、これからいかに上手につきあっていくかということだから、今回はその学習期間だと思うようになってきている。ホント、一晩眠ると、わからないからね。
  
 我が家はワンセグを携帯電話で受信するとき、室内で受信できる場所とだめな場所がある。今日夕方妻の携帯が画面が映っているのに、開いておきっぱなしになっているので、何ごとかと思ったら、ワンセグで番組を録画中だった。時代だね。
  
 今日ひげ剃り用のカミソリの替え刃を取り換えた。どうしてこんなにスムーズに剃れるんだろうと、いつも替えたては感動する。肌にもやさしい。ボタンを押して、古いのを外し、新しいのを付けるだけなんだが、それが面倒で、「そろそろ剃れなくなってきたかな」と思ってから、3日ぐらい引っ張ってしまうが、取り換えると、「もっと早くやっておけば良かった」となる。
 不精者にはろくなことがないということだろう。
 気をつけよう。
  
 すごく短い視線で明日のことを考えるだけだと、まぁ落ち着いている。今の状態なら大丈夫だろうし、だめでも休んでいるんだから寝ていればいい。
 すごく長い視線で、今後10年20年とかでも、なんとなくうまくいけそうな気がしている。
 中途半端なこの一年、いや半年とかを考えると、大丈夫なのかという気になる。
 一週間後の約束みたいのが、一番嫌だ。
 来月は……とかが鬱陶しい。
 この精神状態。
 なかなか人には理解されにくいと思う。
  
 子どもは明日眼科通院につきあって、その帰り道にヤオハンでポケモンパンを買ってくれと言う。つつましく、健全で、ちょうどいい欲求だ。
 いいよと返事をしたら、とても喜んでいた。
 今日は水泳で着衣泳をがんばったらしい。
 明日も家族みんなにいい一日になるといい。
 

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拓郎さん、つま恋はやれるかな?

 朝日新聞から。
  
吉田拓郎さん、14日以降の3公演も中止 自宅療養
2009年7月9日
   
 体調不良のため、8日の大阪公演を取りやめた歌手の吉田拓郎さんが、14日の福岡、17日の広島、21日の神戸の3公演も中止することになった。レコード会社が9日、発表した。入院はせず、約2週間自宅療養する。25日の静岡・つま恋、8月3日の東京・NHKホールでの公演は体調を見て判断するという。
 レコード会社によると、吉田さんは8日夜に車で大阪から帰京。9日に「風邪および体調不良を契機に慢性気管支炎が急性憎悪したため、約2週間の自宅療養、安静加療を要する」との診断を受けた。
  
 中止になった公園を楽しみにしていたファンの人、残念でしょうね。ぼくが行く予定にしているのは、25日のつま恋ですが、それまでに拓郎さん、元気になってくれるといいな。
 06年のつま恋の後の日本武道館で感動した以来の「勇姿」をもう一度ステージで見せてもらいたいものです。
 回復を心から祈ります。
   
【公式サイトより】
吉田拓郎コンサート公演中止のお知らせ
 昨日、7月8日(水)に発表しておりますとおり、吉田拓郎大阪公演は本人の体調不良により中止させていただきました。
 医師の判断の結果、約2週間の自宅療養・安静加療が必要になりましたので、下記コンサートも中止させていただくことになりましたのでお知らせいたします。
 お客様、関係者の皆様には、ご迷惑をおかけすることになりますが、何卒、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。
【中止となるコンサート及びお問い合わせ先】
日時:2009年7月14日(火)
場所:福岡サンパレスホテル&ホール
問い合わせ:BEA
 
TEL:092-712-4221(平日11:00~18:00)
日時:2009年7月17日(金)
場所:広島厚生年金会館
問い合わせ:キャンディー・プロモーション
TEL:082-249-8334(平日11:00~18:30)
日時:2009年7月21日(火)
場所:神戸国際会館こくさいホール
問い合わせ:サウンドクリエーター
TEL:06-6357-4400(平日12:00~19:00)
【ツアー全体に関するお問い合わせ先】
TYコンサート事務局
TEL:03-5768-2307(平日12:00~18:00)

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空っぽかな

 つくづくと芸のない人間だなぁと、昨夜は妙に真剣に考え込んでしまった。自分の中心がぽっかりと空洞になっているような感じがした。
 これは気分が落ち込んでそう思ったわけではなく、通常の思考でそう思ったのである。
 人間を40年以上やってきて、これといった一芸もないなんて、なんだかなぁという気分で、これはどうしたらいいんだろうと、ずいぶんと考え込んでしまった。結局答えなど出るわけがないのだけれど、なんとなく、なんとかしなくちゃという切迫感みたいなものが湧き上がってきた。それをうだうだと考えているうちに寝てしまったわけだ。
 一芸なんて構えなくても、取り柄ととらえてもいい。
 とにかくそういうもんがないなぁと。
 なんとなく、なんでもこなすけど、そこそこに来るともういいやになって、突きつめて完成させていくものがないような感じと言えば、ぴったり来る。人間の在り方として“こすい”ような気がした。
 なぜそんなことを思ったかというと、ある歌手の歌を聞いていて、年代が上がってセルフカバーをしたその歌声が、深みが増しているのに驚いたからだ。ああ、こういう風に自分の中心を貫くものがしっかりとあって、そこを年齢を重ねてさらに育てていけるのはうらやましいなと思ったからだ。そして、今の自分にそういうものがあるだろうかと思ったら、ここまで述べてきたような気分になったのである。
 今日はそんな切迫感に向き合って過ごす一日になりそうだ。
 だからといって、何ができるわけでもなく。
 “円熟味が増す”なんてものが、育てられるといいね。

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拓郎さん、良くなってね。

吉田拓郎 体調不良訴え公演中止
 シンガー・ソングライターの吉田拓郎(63)が8日、体調不良を理由に、大阪市内で同日予定されていたコンサートを中止した。吉田は6月から「最後の全国ツアー」として各地で公演中だった。
 所属レコード会社などによると、吉田は8日午後のリハーサル終了後、体調不良を訴えた。今後のツアーについては、医師の判断を待って決めるという。
 吉田は2007年にも、ぜんそく性気管支炎のため全国ツアーを中止した。
  
 ビックリのニュースでした。1ステージ2時間45分のハードそうなコンサートだという情報を聞いていたので心配していたのですが。
 25日のつま恋までには復活して欲しいものです。
 心から、拓郎さんの回復をお祈りします。

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7月8日もやっぱり普通だった

 今日は曇っているけど、時々ぱらぱらと雨が落ちてくる空模様。子どもの学校ではドッヂボール大会が行われ、妻が参観に出かけた。我が子はなかなか活躍していたらしい。体育、大好きだもんなぁ。
 ぼくの方はいつもとまったく変わりない。
 やったことといったら、どこかにしまってあるはずの新品同様のふとん乾燥機を発見し、妻に感謝されたこと、朝、犬の散歩に行ったこと、プラスチックごみを出したこと、そして、子どもを眼科通院に連れていったことぐらいだ。
「相も変わらず」の状態。もちろん、今のぼくにはそれが一番望ましい。
 今日は日中ちょっとした用事があって、渋沢駅に行った。駅舎を上がって改札口を見て、しばらく立ち止まってしまった。
  
 いつになったら、またここを毎朝当たり前のように定期券で通過するようになるんだろう。
  
 そんなことが胸をよぎった。さびしい気分だった。駅の改札の向こう側がひどく遠くに感じた。何か今の自分には足を入れてはいけない遠い遠い世界がそこにあるように見えた。だが、そんなことはない、もうすぐのことなんだと自分に言い聞かせて、その場をあとにした。
  
 とにかくそんな感じで今日を暮らした。状態が落ち着いているので、職場にもちらっと顔を出したいけど、それがいいことなのかどうか判断がつかない(職場にとってという意味で)ので、今のところ見送っている。たぶん中途半端な時期に顔を出されても迷惑なだけだろう。
 会話をしたまで行かずとも、とにかく挨拶程度でも今日言葉を交わした人7人。家族と眼科の人と薬局の人など。おとなしく暮らしているね。

 

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7月7日も普通でした

 今日もとりたてて人様にご報告申し上げることのない、なんてことはない一日だった。(そういう意味では、毎日がそうだとも言える。別にぼくの生活がどうでもいいもんね。でも、心を掛けて見守っていてくださる方々がいるので、ちゃんとしなくちゃ)体調は安定している。午後になると、昼寝というより、完全な「熟睡」をしてしまうのが、ちょっと気になっているが、それ以外は大丈夫だ。
 ちょっとしたいいこともあったし、今日も何にも取り立てて悪いことのない、最良の日だった。そう、何にもないことが一番なのだ。
 最近は朝の犬の散歩はぼくが担当することが増えてきた。なんとなく、わずかその程度だが、意欲も出てきているかな。立川、所沢からの往復もわけなく運転できたし。
 すごく調子が良くなることを望んでいるわけではなく、ひたすら「安定」することだけを望んでいる。
  
 読書もちょっと始めていて、先日注文した『単純な脳、複雑な「私」』(池谷裕二著)をおもしろく読んでいる。新鮮な視点で物事をながめられる発想をもらえる本だ。ぼくが理工系の著作を読むのは実に久しぶり。
  
 先日、所沢の友人の家で、液晶大型テレビを見た。(友人のところはケーブルテレビ)普通のなんでもない放送番組が、えらくきれいで新鮮だった。こりゃあ、デジタル放送を見たら、アナログには戻れないわなと思いつつ、「欲しい」という欲求までにはならなかった。なんとなれば、ぼくはテレビをほとんど見ないからだ。今日は全く見ていない。
  
 夏の予定というのは、子どもの習いごとと通院以外、何も入っていない。あ、妻子が行く音楽会と、ポケモン映画は連れていくだろう。それと7/25の拓郎のつま恋。
 所沢の友人の家は西武園遊園地の花火が、家の2階の窓からきれいに見えるところにある。子どもと泊まりに行って、遊ばせてもらうのも、そのうち予定に入れるだろう。
 今年の夏はそんな感じの夏である。諸般の事情により(経済的な事情ですべてだが)京都への帰省は見送った。妻には申し訳ない気もちでいる。
  
 夏か。
 とにかく早く現場に戻りたいな。
 その気もちだけは強くなっている。

 

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B-CAS独占じゃなくなるのね

 朝日新聞から。
  
地デジの著作権保護に新方式 B-CAS独占批判受け
2009年7月6日23時28分
 総務省は6日、地上デジタル放送の著作権保護に向けて年内に新たな対策を導入する方針を決めた。現行の「B―CAS(ビー・キャス)カード」方式とは別に、テレビやチューナーなどの受信機にソフトウエアや小型チップを搭載して著作権を保護する新方式を併存させる。B―CASカードに対する「1社独占」との批判をかわすほか、受信機の低価格化も図る狙いだ。
 総務相の諮問機関「情報通信審議会」の検討委員会が同日、中間答申案をまとめた。
 現行方式は番組の視聴や録画を制限する暗号をB―CASカードで解除しており、カードを受信機に挿入していないと視聴も録画もできない。にもかかわらず、カードの発行・管理を一民間企業のB―CAS社が独占していることに、国会審議で民主、社民両党から批判が出ていた。
 今回ソフトウエアなどで暗号を解除する新方式を導入するのは、こうした批判への対応だ。新方式の「鍵」で解除できるのは無料の地上デジタル放送のみ。現行のカードと違い個別の識別番号がないため、より小型化・低コスト化ができ、低価格の受信機が製造できるという。
 新方式運営のため、放送局や権利者団体、消費者などが年内に「ライセンス発行・管理機関」を新たに設立。放送局と電機メーカーはこの機関とライセンス契約を結ぶ。その後、電機メーカーがソフトウエアなどを組み込んだ受信機を製造・販売する一方、放送局は送信設備を新方式対応に改修する予定だ。
 B―CASカードを小型化する動きもあり、関係者の間では「メーカーは現行方式の受信機の製造に偏り、新方式は普及しないのではないか」との懸念も出ている。検討委の主査を務めた村井純・慶応大教授は「地上デジタル放送への完全移行までには、新技術方式の運用開始は間に合う」との見通しを示した。(橋田正城)
  
 つい先日このblogで、「B-CASカード使わなくなるかもしれないから、急がなきゃ地デジはまだ待っていいんじゃない」ってことを書いたら、本当にそうなっちゃいました。
 まだまだどうなるか、わかりませんね、地デジのいろいろ。
 よくこんな不安定な規格の放送状態で、2011年にアナログ止めるぞ! って高らかに言えるなぁ。
 ダビング10の問題の時もそうだったけど、まだまだ何か変更とか出てきそうだね、地デジ。

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7月6日は普通だった

 今日は本当に何もしていない。とてもいいことだ。やったことと言えば、子どもを夕方眼科通院に連れていったことと、さっき夕食後妻子が久しぶりにWiiでマリオパーティをやろうとしたら、Wiiが忘れられていたことに拗ねたのか、電源が入らなかったので、リセットを掛けたこと。(電源コード抜いて入れ直しただけ)それで完全復旧。妻子ははしゃいで下でゲームをしている。
 昨夜はなんだかんだで2:30頃寝た。朝は普通に起きた。それでやや薬が残った感じがあり、午後はひたすら寝ていた。
 昨日の外出は車だったこともあり、多少荷物が多くてもいいかと、カバンに久しぶりにネットブックパソコンを入れて、途中お茶でもしながら、書き物でもするかとしたが、結局使わず仕舞いだった。カバンも重く感じて、こりゃあ、復帰してからも持って歩くことはあまりないなぁと思った。前は場所を変えて、ぽーんと思いついたことを書き留めるのが好きだったけれど、昨今書斎でぼんやりしながら、定位置でじっくり進めていく方が楽になってきたことも関係している。3畳ちょっとの書斎が、世界で一番落ち着く場所だ。
 体調は可もなく不可もなくという状態。昨日の疲れが残った感じはない。ちょっと安心した。
 これで7月1日2日の1日半のうつ状態を除けば、6月25日からまずまず好調を維持していることになる。(7月4日に嘔吐したりしたのはあきらかに生活上の原因なので関係ない)まだまだおっかなびっくりだけど、どうにかこのぐらいで落ち着いていてくれると、生活上、(もちろん勤務上)支障なく過ごせる。次回通院まで続くかどうかがちょっとポイントかなと思っている。
 梅雨のせいなのか、喘息の小さい発作は、よく出る。「出かける」ということさえなければ、ぼく自身は梅雨がそんなに嫌ではないんだけど、体の方はなかなかついていくのが大変らしい。これはみんな同じだろう。
 そんなあたりが、今日という日だろう。
 今週はそんな感じで特別なことは何もない。(病人に特別な日程があるはずもないんだが)のんびり、おとなしく暮らそう。

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7月5日はがんばった

 午前中は子どものソフトテニスへ。今日から新入りだけの別枠メニューではなくて、簡単なかたちにしてもらってだけど、みんなと同じメニューに参加し始めた。
 うまくなるかどうかはわからないけど、とにかく夢中なので、応援してあげたい。コーチの人たちは事実上ボランティアなのに、とても丁寧に教えてくださって本当にありがたい。
 マナーも学ぶし、とてもいいクラブに入ったと思う。
  
 さて、帰宅後昼食を駆け込んで食べて、慌てて着替えて車を走らせた。向かう先は立川。知人の(18歳も年下だが)結婚式の2次会に呼ばれていたため。
 246を走っていて、急激に眠気が来たので、こいつはまずいと、伊勢原の先のセブンイレブンに車を停めて、ひと眠り。さて、起きて15分ぐらい経ったかぁと思って時計を見てびっくり! 50分が過ぎていた。熟睡していた。汗かいて。
 大きな渋滞があったら間に合わないなぁと思いながら、246から129へ入り、16号八王子バイパスから20号線。休日の午後だからなのか、すいすい進んだ。で、ちゃんと時間に間に合った。
 なつかしい顔3つにも再会。(これもみんな18下)立食スタイルの会で、当然ぼくは苦手。
 隅の椅子に座って、その再会したメンバーに食料やら飲み物を、そのつど取ってきてもらい、動かなかった。
 お嫁さんになったその子はきれいだった。幸せそうにしている顔と、職場の人に大切にされているんだなということがわかって、安心したのととてもうれしかったのとが胸にあふれた。
 お帰りの際、恒例のお見送りを受けたが、照れくさかったので、少し離れてから
「○○、幸せになるんだぞ」
 って大声で言った。うれしそうに返事を返していた。
  
 立川まで来たんだったら、所沢の友人のところも寄ってみるかと、その会が始まる前にメールと電話を入れたら、在宅していると言う。夜になっても構わないということなので、ぼくには立川と所沢がどのぐらい離れているのかわからず、1時間ぐらいで着くのかと思って、ナビを設定して、どこを走っているのかもよくわからないまま、ナビの言うがままに進んだら、25分で着いてしまった! ナビ偉い! 
 この友人とは直接顔を会わせて、ゆったりと話がしたいと思っていたので、こういう機会が得られてちょうど良かった。彼は多忙、ぼくは不調で、単純に会おうとするだけだと、ちょっと今の時期は二人とも秦野と所沢の距離を重く感じていたのだった。
 心開いて、何でも話せる友人なので、3時間弱だったが、実りのある会話ができてありがたかった。
 結婚式で会ったなつかしいメンバーとの会話も、この所沢の友人との会話も、昨今のぼくにしては、「他人とこんなに話したのは久しぶり」のことだったのだ。会話は大事だなと思ったのは、いろいろ思い悩んだりして、自分の中でもつれ合っていたものが、あっさりほどけるように整理されていくのを感じたりすることがあった。
 人と、ちゃんと話すということは、すごく大切なことなんだと、改めて思った。
  
 今日はちゃんとした場に行くので、眼鏡も午後は予備の「ちゃんとしたレンズの方」を掛けていった。これがすごくよく見えた。普段の眼鏡とは全然違う。やっぱりレンズ替えなくちゃダメだなぁ。
 痛感したよ。
 目の疲れも全然違ったし。
  
 という具合で、7時の起床から、0時ちょうどの帰宅まで、なんとも元気に過ごしたのだった。昨日の体調不良は、うつではなく、真剣にいろいろ思い悩んだからだから、まぁ、体調は落ち着いているのだろう。
 新しい門出を迎えた二人に心から祝福を。
 明日も好調を持続しなくちゃ。

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7月4日はつらかった

 通院した。診察で経過報告。現状の投薬で2週間様子を見ることになった。
 その際、現在の抗うつ剤の使用量はどれぐらいなのかを尋ねた。医師は「中の上程度ですね。回復を待って、下のランクの使用量まで下げたいと思います」とのこと。
 うつの中の上ね。生活水準だったらまだ良かったね、中の上。
  
 今日は気分が優れない一日。朝マックにいた頃は良かったのにね。通院すると、やはりいろいろ考えてしまうからね。子どもとの約束も破ってしまった。最低の一日。
 明日は午前中子どものテニスにつきあい、午後は立川まで知人の結婚式に参加するため車を走らせる。正直、今前日の23時。まだシャワーを浴びることさえできないほど元気がないのに、やたらハードな一日が待っている。昨今の非行動的な日常とは180度変わる。
 ちょっとしんどいね。
 でも、祝いごとだからね。
 がんばらなくちゃね。
  
 今夜はなんだかへとへとなのです。日中2度も嘔吐しました。いろいろ考え込んで、悩んでいたので。
 治るのか治らないのか。治るならあとどれぐらい掛かるのか。自分のこれから。家族のこと。破綻寸前の家計。仕事のこと。直近の金のやりくりなどなど。悩みは尽きないのです。
 そんなのと、これまでのことを振り返ったりしたら、もろに体に来てしまいました。
 もっと図太くならなくちゃね。
 なれるぐらいなら、うつにはならないんかな。

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朝マックで思ったこと

 昔は、と言っても昭和の40年代の話だが、いろいろな人が家にやってきた。
 化粧品セールスのおばさん、保険屋のおばちゃん、ヤクルトおばさん、牛乳屋のおじさん、新聞屋のおじさん、酒屋のお兄ちゃんなどなど。そういう人が「集金」やら「ご用聞き(これ、完全に死語だね)」にやってきた。
 そうして、家にお金があるときは、親も笑顔で応対をして、給料日前などで金がないときは、居留守を使わせられたり、「親は今いません」と応対に出されたりした。
 隣りご近所に、味噌、醤油を借りに行ったことも、本当にある。
 それはうちが特別貧しかったわけではなく、みんな同じだった。みんなが助け合って、寄り添い合って生きていた。
 それはたしかに今より人情味のあふれる世界ではあったけれど、昨今の昭和レトロ懐古主義に賞賛されるような「いい時代」だったかと言われれば、それはわからない。たしかなことは、みんなそうしなきゃ生きていかれないほど、貧しかったのである。
 物を大切にしたのも買い替える力がなかったからだし、「なんかあったら遠くの親戚より近くの他人」だったのも、その「なんかあったら」が本当にあった時代だからだ。
 ぼくはあの時代に「子ども」をやったことに満足しているし、今の時代の「子ども」をうらやましく思うこともない。でも、今の時代が、あの時代よりひどくなったとは思っていないし、良くなったとも言い切れないところにいる。
 少なくても、あの頃は、多くの人が、自分たちがよりよい生活に、日本を豊かにすることだけに必死だったけど、今の若者たちには、世界をよりよく、地球を守ろうという意識が強くなっているのは、いいことだと思う。
 逆に「平和」への愛着(微妙な表現だが)は、あの頃の方が強かった。なんにしても、「今は平和だからいいわね」という声を、ぼくらは当たり前のように多く耳にした。
 食の安全など、今の規準をあの時代に持ち込んだら、食べるものがなくなってしまっていたんじゃないだろうか。
 だから、良くなったこともあるし、そうでないこともある。
 で、何が言いたいかというと、昔は子どものそばに、話しかけてくる、働いている姿を見せる大人がたくさんいてくれたなということ。家にやってきたたくさんの商売の人をはじめ、商店のおじさん、おばさんなど、いくらでも話しかける大人がいた。子どもたちの世界も、学校だけでなく、放課後もたくさんの遊びの中で会話にあふれていた。ぼくらは自然に人間とのつきあい方を学んでいた。
 そういうことがなくなってきちゃったのは、もったいないことだなと、今日ふと思った。でも、だからと言って、みんなでまた貧しくなるわけにはいかない。新しい時代の人のふれあいを、自然につくっていかなくちゃいけない。
 そういうあたりに、時代が来ているんじゃないかと、思ったりした朝マックであった。
 今日は、あの頃ぼくらのあこがれの的だった「アメリカ」の独立記念日である。昭和のあの時代、ぼくらにとって、アメリカはすべてにおいてあこがれだった。
 その辺もそうでもないかもよになっているのも、いいことの一つかもしれない。

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土曜日恒例朝マック

土曜日恒例朝マック
診察券を出してきました。朝早く出さないと、非常に混むのです。
ひと仕事終えて恒例朝マックです。
しばしくつろぎます。
今日はどんな診断が待っていますか。

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うつ抜けの金曜日

 夕食は妻の手作り餃子であった。我が家では好評メニューだ。食材をフードプロセッサでこまかくして混ぜ合わせる。(挽肉も肉の塊からつくる)そうして皮で一つずつ包んでいったものを、ホットプレートで焼く。頃合いを見計らって、小麦粉を溶いた水を流し込む。こうすると、餃子にぱりぱりの羽ができる。
 60個近くあった餃子は、焼き上がるとたちまちみんなのお腹の中へ。
 安上がりのおいしいメニューだ。ホットプレート君は大活躍なのである。餃子、たこ焼き、お好み焼きは外でまったく買わなくなったし、焼き肉屋にはもうかなりの年月行っていない。すべてホットプレート君の活躍で自宅でおいしくまかなっている。
  
 今日はなんだかけだるくて(不調ではない)、午後はひたすら寝て過ごしていた。昼寝というより熟睡に近かった。うつの呪縛が解けて、心身がのびやかになったからかもしれない。
 明日は通院である。経過報告をして、診断してもらい、薬をもらう。次回通院が2週間後に延びるといいんだけど。
 好不調の波は小さくなってきているように思う。思いたいだけかもしれないけれど。
  
 ソフトテニス、体操、ピアノ、水泳、自然教室とある夏に、子どもはさらに学校で講座として開かれるバスケットボール教室にも参加したいと言い、申し込みをすることになった。(希望者が多いと抽選)なんとも体を使うことが好きな子である。
 今日も夕刻から壁打ちに行きたがっていたが、あいにく夕方から雨。
 明日は通院が済んだら、つきあわされることになりそう。
 もう少しお勉強も……と言う親にだけはなりたくないと思ってきた。今もなってはいない。こうやって活発で、学校に楽しく元気に行って帰ってきてくれるのが一番だ。
 ただこうやってスポーツを「うまくなりたい」と思うような気持ちが、いつか勉強も「できるようになりたい」っていうのにつながるといいなとは思う。
 今、子どもに求めているのは、片づけ。自分の部屋は、泥棒に物色され回ったかのような惨状である。家じゅうのすべての部屋に、子どもの何かが転がっている。これだけは直してもらいたいな。
  
 世間に忘れられていくなぁ。職場に顔を出せるようになっても、イリオモテヤマネコ並に珍しがられそうだ。仕事の内容ではなく、「今日トンボロを見かけた」ということが珍重されるぐらいになっているかもしれないな。
 今日、会話した人間の数。6人。家族以外は店員さん。
 世捨て人状態だね。
  
 京都の眼鏡研究社でつくった鼻当てのないクラシックスタイルのサークルの眼鏡。通常時のものと予備のものと二つつくっている。このうちの通常時のもののレンズはだいぶコーティングがはがれてきたり、こまかい傷が目立ったりしてきた。
 ボーナスが出たら、レンズだけ交換したいなと思っていたが、それも夢と消えた。
 しばらくはその若干見づらい眼鏡を使っていくしかない。(予備のものは“ここぞ”というとき用なのであまり引っ張り出したくない)
 なんとかならないかなぁ、家計。

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地デジテレビはもう少し様子見じゃない

 総務省にデジタル・コンテンツの流通促進等に関する委員会というのがあります。そこで、最近B-CASカードを今後どうする? ということについて、3案の骨子が出ました。それによると、B-CASカードは今後廃止になる可能性があります。
 一つは著作権保護のために、みんなあのカードが必要なんだと思っていますが、それは全然関係ありません。実際にダビング10の新しい方式もソフトウエアの改良だけで済んでしまったでしょう。
 もう一つはあのカードの発行元が1社しかなく、独禁法に違反するんじゃないってことが国会で取り上げられて、公正取引委員会も「可能性あるんじゃない」と答弁したことが問題になります。
 つまり、必要もないものを、どっか1社儲けさせるためのカードがなければ見られない地デジなんておかしいということなんですね。
 うちは経済的事情と、たぶん地デジが受信できない(秦野局がまだ開設されていない)ため、最近の液晶(大型)テレビを買うことができませんが、できたとしても、今は買わないでしょう。レコーダについても同様です。ダビング10の問題の時もそうだけど、B-CASカードの問題がまだまだ先行き不透明だからです。
 この夏のボーナスあたりで
「うちもそろそろテレビを替えるか」
 と話しているご家庭は、差し迫った事情がなければ、(あるいはこうした現状を十分理解した上でなければ)急いで買い替えない方が、やがて「おりこうさん」ということになりかねません。
 まぁ、うちは2011年、いよいよ本当に見られないんだったら、一台だけ買うか的な流れですが。(経済的にも)

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秦野地デジ(権現山局)09年07月の状況

 秦野市は、市内の一定の地域では、現在既に地デジが見られます。条件は、通常のUHF局の秦野権現山局の電波ではなく、平塚・湘南平局の電波が受信できることです。ただし、距離もありますし、遮蔽物も多いので、正常な受信が難しいところが多く、現状、最新テレビを買っても、デジタル放送を楽しめるのは、BSだけです。
 昨年夏に市の広報に09年度中に権現山局が開設されることが発表されました。
 その後の動向ですが、D-paのHPで5月には「2009年12月開設」で発表されていました。
 それで10年の1月には見られるものと思っていたら、riyofujiさんという方から指摘を受けました。それによると、D-paのHPの開設時期が「2010年2月」になっているというものでした。
 今日、ぼくもそれを確認しました。
 いろいろな情報が飛び交っていると思いますが、D-paのものが正式なものなので、09年内に、権現山局から地デジの電波を受け取ることはできません。
 秦野市の地デジの情報を求めて、このblogに来られる方が多いので参考までに。

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7月3日目覚めて

 今朝は一度早朝に起きた。爽快な感じだった。まだ早いからなと、うつら寝直し再び起きた。7:30ぐらいかと思ったらとんでもなく9時だった。あれからまた熟睡してしまったのだ。これは二日間のうつの疲れだと思った。うつは動けないので楽だと思われそうだが、ひどくしんどいのだ。
 今朝はこのところでは最も気分良く目覚めた。心身も軽い。頼まれもしないのに、洗濯物干しなどもした。毎日これぐらい安定していて欲しいものだ。
 今日が始まる。少々遅いけど。
 今日も一日「はたらきたいなぁ」とぼやいて過ごす。

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うつ抜けできた

 blogの管理サイトで、ぼくのblogにどんな検索ワードやフレーズでやってきているのかがわかる。結構そんな言葉書いたっけって言葉が、検索サイト上でヒットして、覗きに来てくれているんだねぇ。ただそういう場合は、おそらく望んだ情報が手に入らず気の毒である。
 秦野の地デジの情報を欲しがっている人が結構やってくる。
 ぼくは5月の記事でD-paのサイトで2009年12月開設と書いてあると紹介した記事を書いた。今日riyofujiさんという人がコメントをくれて、今は10年2月になっているんだそうだ。遅くなったんだねぇ。秦野はインフラに関しては、完全に「陸の孤島」だねぇ。まぁ、たしかに3月までにできれば、09年度中だけどさ。
 平塚・湘南平局の電波では地デジが見られない秦野市民は、10年3月頃まで、テレビの隅の「アナログ」の文字の嫌味に耐えるしかない。
 我が家に関して言えば、アナログに不満はないので、大きな問題ではないけど。
  
  
 昨日、今日とうつ気味で苦しかった。また転落かなぁと気に病んで過ごしていたが、夜20時ぐらいになって、また例の「憑き物が落ちた」ような感じで楽になり、以降好調に戻った。なんなんだろう、これは。
 良くなったからこれでいいんだという気分にはなれないな。
 なんだか安定して欲しいよ、ホント。
  
 子どものソフトテニスの夏の日程は決まっている。
 体操教室の日程も希望を出した。たぶんその通りになる。
 短期の水泳教室の申し込みも済ませた。
 課題を一つやっつけてしまおうと、あるサークルの自然物でつくりものをするという体験教室にも参加申し込みをした。(無料)
 これだけ書くと、すごい英才教育をしているようだが、なんのことはない、体を動かすのが好きで、宿題はできるだけ手軽に済ませたい子どもが、その希望に沿うようにプランが立ったというだけのこと。
 そして、かわいそうなことに、今のところ旅行の予定などは全然入っていない。子どもの生活にも家計はつきまとうのだ。金のかかる宿泊が入る可能性はまったくない。(単に宿泊費、交通費だけでなく、犬をホテルに預けるお金もばかにならないのだ)
 父親に稼ぎがないのだから、この夏はがまんしてもらうしかない。
 妻はけなげに500円玉貯金をしている。それがまとまったお金になったら、それで旅行に行こうと言っている。なんともつつましいことである。
  
 今気づいたが、今日は薬の中の一つを朝飲み忘れていた。もしそれが原因で昨日からのうつを引っ張ったのなら、わずか25mgの物質で、一日を苦しまされたことになる。たぶんそれだけが原因ではないんだろうけどさ。
 治療というから聞こえがいいけど、完全な薬物依存症だね。
 明日からは注意しなくちゃ。
    
 働きたいなぁ。
 暇さえあるとそう思っている。
 働きたいなぁ。
 みんなに会いたいなぁ。
 それが遠いなぁ。
 とても、さびしくなるぐらい、遠くに今は感じるな。


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7月2日目覚めて

 今日も決して好調ではない。うつになると疲れるのか、今朝はどんよりとしてまったく起きられなかった。それでも、多少昨日よりは軽くなっているような気がする。
 体は重い。
 今日一日をどう過ごそう。
 ぼくはあてもなく、空を見る。

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うつの日に

 みんな普通は、自分の状態が、今躁なのか、うつなのかなどと四六時中気を配ったり、考え込んだりしない。
 みんな普通は、自分のちょっとした所作の変化や、微妙な体調の変化に、これは前触れだろうかとか、危険信号じゃないだろうかとか考えたりしない。
 ぼくはうつが自分にのし掛かってくると、もう本当に自分をどうしていていいのかわからない、その上、どう考えても何もできないっていう状態になる。そして、ものすごく自己嫌悪を感じる。自分はものすごい怠け者なだけなのじゃないだろうかって。みんなは普通、そんなことはない。
 だから、ぼくは、いい言い方をすれば、病人だけど、雑に言えば、変なだけだ。変でダメなだけだ。やりきれない、さまざまなことを思い描いて、本当に情けなくなる。
  
 ぼくはここのところずっと入浴しない。シャワーだけで済ませている。浴槽に浸かるとからだがだるくなる。そのだるさがそのままうつを誘発しそうで怖いから。
 ぼくは食事の一回一回、食べながらものすごくいろんなことを考えている。感じとろうとしている。どこかいつもと違う感じがしないかが気になる。躁でも、うつでも、食欲や、味覚に微妙な変化があるような気がしているから。そのサインを見逃さないように食べるようになった。食べる前に、緊張するようになった。
 ちょっとしんどくなると、疲れなのか、だるさなのか、それは純粋に疲れたからなのか、病が関係していそうなのか、ものすごく考える。自分で自分の中に手を突っ込んで、そこらじゅうを探り当てているように過ごしている。
 いくつか拾い出しても、こんなふうに人とは違った暮らし方をしている。それがもう習慣になってしまった。だから、あまり毎日は楽しくはない。
 調子がいいときも、ほっとするだけ。続いて欲しいと切に願うだけ。
 うつになると、そういう自分がまともに向かい合ってきて、とてもむなしくなる。
 そうまでしても、なかなか良くならない自分に嫌気が差してくる。
  
 最近、こんなふうに思うことがある。
 もう別に良くならなくてもいい。ただ暮らしが成り立つならば。
 もちろん、とどのつまりは病を癒さないと働けず、この2年間でちょっとすごい額の減収をやっとで持ちこたえている我が家のために、早期に復帰する必要があるのが現実。
 でも、ホンネではそれも面倒に感じるときがある。
 本当に面倒だ。
 うつは身動きが取れないから、働けないものとしよう。
 躁でもだめなのだから厄介だ。躁だと眠気が来ない。でも、薬を飲んでいるから、体内では必死に眠りに引きずり込もうとする力があって、夜中から日中ものすごいふらつきを感じて、どうにもならなくなる。
 だから、みんなと同じ、普通になればいいんだけど、その幅にぼくはなかなか納まらない。納まったと思うと、すぐにどちらかにはみ出す。はみ出しては、仕事のそれまでのことがおじゃんになる。
 生計の見直しを迫られる。
 そういうことの繰り返しに、少々疲れてきている。
 今日はうつだからなんだろうけど、そんなことばかり思っている。
  
 なんか悪いコトしたかなぁ。
 そんなにひどい人間かなぁ。
 なんか頭を下げてばかりいるなぁ。
 実際人に迷惑をかけているしなぁ。
 でも、どうしたらいいんだろうなぁ。
 その時そのとき、せいいっぱいのつもりなんだけどな。
  
 いつかうまくいくんかなぁ。
 いつかちゃんとできるんかなぁ。
 それはいつなんだろうかなぁ。
 普通に暮らして、普通に働いて、普通に稼いで、普通に生きたいもんだね。
 そんなことが今こんなに遠くに感じるなんてね。

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7月うつで入る

 今日は終日、うつが深い。ちょっと好調が続いたからね。疲れたのかなぁ。家計の算段にずいぶんと神経やられてるし。
 明日、持ち直すかな。またしばらくこの調子かな。困ったもんだ。今日は家族ともろくに口をきいていない。
 恒常的な安定はまだまだ先なのかな。

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